59-2009-4 学生寮

ヘルシンキ大学 学生寮

仕事を終えて、飛行機への搭乗まで、時間に余裕があったので、新しい市電の路線9番に乗ってみました。懐かしい景色が見えてきました。

1970年代の再開発で、ヘルシンキには珍しかった高層ビル群の地域です。中央駅から列車に乗ると、最初の駅がPASILAパシラ、その右手東側の地区を、イタ(東)パシラといいます。  ここに、建設初期にヘルシンキ大学の学生寮も建てられていました。厳密には、ヘルシンキ大学学生住居供給財団、頭文字をとってHOASといいます。パシラには、ヘッドオフィスのHOAS4があって私は、ここの9階に2年間住んでいました。各フロアー同じような作りで、エレベーターを降りると左右にドアがあってドアを開けると廊下伝いに4室の個室、キッチン、トイレ、シャワーは共用でした。最低限の家具はついているので、学生にとっては多少殺風景でも、快適な生活を送る事が出来ました。地下には、洗濯機、脱水機、乾燥室、アイロン台が完備、10階は、さすがフィンランド、サウナ室、談話室まで整っています。

当時は、市電が通っていなかったので、市バスか、一駅の国鉄に乗って大学へ通っていました。駅舎は、木造の可愛らしい小さな建物だったのですが、今は、歩道橋からも渡れる大きな駅に変身していました。

私は、建築志望のせいもあって、毎日窓から、どんどん出来上がっていくビル群を眺めていました。当時から評判の悪かった高層ビル群、世界的に有名になった1960年代のタピオラ田園都市、職住近接の理想都市計画が、この国の方針だとおもって留学した私にとって、理想と現実の違いを思い知らされる景色でもありました。そんなことを思いながら、市電から眺めるパシラ地区は、懐かしさより、ほろ苦さを感じさせる車窓でした。

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